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名古屋地方裁判所 昭和37年(ワ)1417号 判決 1964年6月22日

原告 白水益男

被告 国

訴訟代理人 林倫正 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原告が昭和三一年一一月二〇日名古屋地方検察庁検察官鈴木信男によつて、恐喝未遂、横領、名誉毀損、詐欺の各公訴事実について、名古屋地方裁判所に起訴され、同三六年四月六日同裁判所において、恐喝未遂、横領、詐欺の各公訴事実については無罪、名誉毀損の公訴事実については公訴棄卸の判決を言渡され、右無罪部分は確定し、右公訴棄却の部分については検察官控訴の結果同年一〇月一六日控訴棄却の判決が言渡され、右公訴棄却の部分も確定したことは当事者間に争いがない。

二、原告は右恐喝未遂の公訴提起は訴外斎藤献徳に買収された検察官鈴木信男及び同大越正蔵の故意による違法な公訴提起であると主張するので、これについて考える。

証人鈴木信男の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一号証(成立に争いのない甲第四号証と同一である)によれば、検察官鈴木信男が恐喝未遂被疑事実の関係で原告の供述を調書に録取したのは昭和三一年一月三一日で、その調書には「大岩六三郎氏は嘗つて事業に失敗し再起の為私に資本家を紹介して呉れと間接に頼まれたことから知り合いとなりました」との記載のみ為されていることが認められるが、成立に争いのない乙第二号証(成立に争いのない甲第二号証と同一である)、乙第四号証、第一四号証、証人鈴木信男の証言によつて真正に成立したと認められる乙第三号証、第五号証並びに証人鈴木信男の証言によれば次の事実が認められるのである。即ち、検察官鈴木信男は昭和三〇年一一月四日頃原告をめぐる告訴告発事件を前任者の検察官辰已信男から捜査未済事件として引継ぎ、恐喝被疑事実の関係についても原告を取り調べたのであるが、右事実の関係においては既に検察官中島友司において原告からその事情を詳細に聴取していたので、検察官鈴木信男は右調書及び原告の司法警察員に対する供述録取書の各存在から右調書の記載と異ることのない原告の供述については、これを更めて調書に録取しなかつた。そうして検察官中島友司において、右被疑事実の参考人である大岩六三郎及び斎藤献徳を詳細に取り調べ、その供述をそれぞれ調書に録取していたが、検察官鈴木信男も右大岩を再度参考人として取り調べ同人の供述を録取して、同人の供述に間違いのないことを確認した。右認定に反する証拠はない。してみると検察官鈴木信男が右被疑事実について、原告の供述を左程録取することなくして、同人を起訴するに至つたのは、既に原告の検察官に対する供述調書及び司法警察員に対する供述調書並びに参考人の各検察官に対する供述調書等の存在によつて、原告を右被疑事実の関係で起訴するに足る嫌疑の存在を確信したことによるものと解される。また本件全証拠によるも検察官鈴木信男及び検察官大越正蔵が訴外斎藤献徳に買収された事実はこれを認めることができない。

そうだとすれば、検察官鈴木信男が原告の恐喝未遂の公訴事実についての供述を前述の程度に録取したのみでこれを起訴するに至つた経緯が同検察官が右斎藤に買収された結果原告を取り調べることによりその無実が明らかとなることをおそれたことによるものではないことが極めて明らかであると云わねばならない。そうして成立に争いのない乙第一四号証によれば、検察官大越正蔵は右公訴の提起について決裁を下していることが認められるが、以上述べたところにより同検察官が右公訴の提起に際して検察官鈴木信男と共謀し、原告を罪におとし入れようとしたものでないこともまた明らかである。

従つてこの点に関する原告の主張は理由がない。

三、次に原告は右横領の公訴提起も同じく右斎藤に買収された検察官鈴木信男、同大越正蔵及び同中島友司の故意による違法な公訴提起であると主張するので、これについて考える。

先ず原告宅から捜索差押により押収された封筒一通に約束手形一通が在中していたのに拘らず、その押収品目録に右手形在中の旨が記載されていなかつた事実は当事者間に争いがない。また成立に争いのない甲第五号証(成立に争いのない乙第一五号証と同一である)並びに証人鈴木信男及び同浅川健蔵の各証言によれば、原告が昭和三一年九月検察官鈴木信男の許に出頭し、右押収品目録に右手形在中の旨を補充記載されたい旨を申し出たので、同検察官は右調書作成者である検察事務官浅川健蔵をして同月一九日右押収品目録に手形在中の旨を補充記載させたものであることが認められ右認定に反する証拠はない。ところで弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六号証及び証人鈴木信男の証言によれば、右手形は西沢忠幸振出しの金額八、八〇〇円の手形であることが認められ右認定に反する証拠はない。

してみると、右手形は右西沢が金八、八〇〇円の手形上の債務を負担しその支払いの責に任ずることを表示した書面であるから、右手形の存在が検察官の右公認事実立証上に必要であると解されても、これを以つて原告に有利な証拠とは到底認めることが出来ない。そうしてこれに前掲各証拠を綜合して考えると、検察官において右手形を押収品目録から故意に脱漏させたものとは認められない。

更に成立に争いのない乙第一五号証及び証人鈴木信男の各証言によれば、西沢作成の原告宛の支払猶予懇請の封書は名古屋地方検察庁昭和二九年領第三、五二九号符第一八号の二として押収され、右押収品目録にはその旨記載されていることが認められ右認定に反する証拠はない。そうして成立に争いのない乙第六号証及び第七号証によれば、右封書の内容は右西沢が原告に対し、東海電気通信局々員に対する貸金の取立を依頼し、その日当を原告から要求されたのでその支払い猶予を懇請した趣旨のものであることが認められ右認定に反する証拠はない。

してみると右封書の存在は右横領の公訴事実について原告の無罪を立証するに足りないものといわなければならない。そうして検察官大越正蔵が右公訴の提起に際し決裁を下したことも前述のとおりであるが、本件全証拠によるも、検察官中島友司、同鈴木信男、同大越正蔵か右斎藤に買収された事実は認められない。

従つて、同検察官らが右斎藤に買収され、右書類二通が原告の無実を証するが故にこれらを隠匿して右公訴の提起をしたとの原告の主張もまた理由がない。

四、更に原告は、右詐欺の公訴提起も右斎藤に買収された検察官鈴木信男及び同大越正蔵の故意による違法な公訴提起であると主張するので、これについて考える。

成立に争いのない乙第一号証、甲第一〇号証、第一一号証、第一二号証、第一三号証によれば、昭和三四年一月六日名古屋地方裁判所法廷において、訴外玉暉彰が検察官鈴木信男の取り調べを受けたことがない旨を証言したことにより、検察官に対する昭和三一年二月一五日付供述調書における右玉暉の署名捺印の真偽が問題とされるに至り、同裁判所が鑑定を命じた結果、鑑定人遠藤恒儀が右調書の玉暉の署名は同人の筆跡である旨鑑定したのに対し、鑑定人石田俊雄、同岩村通世の両名は、右調書の玉暉の署名は同人の筆跡ではない旨を鑑定し、また浅田幸作作成の鑑定報告書は右調書の玉暉の署名下に押捺された印影と玉暉の右法廷における証人宣誓書に押捺された印影とは同一でない旨を鑑定したものであることが認められ右認定に反する証拠はない。

ところで、証人鈴木信男、同渡辺治朗の各証言によれば、昭和三一年二月一五日同人らが右玉暉と称して検察庁へ出頭した者を取り調べその供述を録取した調書を作成したが同検察官らは右玉暉と称する人物とは初対面であつた事実が認められ右認定に反する証拠はない。

してみると右鑑定においても右検察官に対する供述調書中の玉暉の署名が玉暉本人の筆跡である旨の鑑定もなされていることを考えると、未だ一面識もなくましてその筆跡を知ることのなかつた検察官鈴木信男及び検察事務官渡辺治朗の両名において、右玉暉の筆跡と酷似した署名を偽造し得たものとは到底認め難い。然も本件全証拠によるも同人ら及び検察官大越正蔵が右斎藤から買収されたとの事実も認め難いことは前述のとおりである。

従つてこの点に関する原告の主張もまた理由がない。

五、よつて原告の本訴請求はその余を判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 川坂二郎 小島裕史)

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